A. “ハッダディ”という名の壁：イラン黄金時代と日本の苦悩

2000年代後半から2010年代にかけて、イランはアジアのバスケットボール界に君臨していた。FIBAアジアカップで3度の優勝（2007年、2009年、2013年）を成し遂げ、伝統的強豪国としての地位を不動のものとした [4, 5]。その黄金時代の中心にいたのが、218cmの巨体を誇るセンター、ハメッド・ハッダディだ。NBAでのプレー経験も持つ彼は、その圧倒的な高さとパワー、そして巧みなパス能力で、長年にわたりアジアのインサイドを支配した [9, 10, 11]。

日本代表は、この「ハッダディの壁」に何度も跳ね返されてきた。2015年のアジアカップ3位決定戦では63-68で惜敗し、メダルを逃した [5, 12]。2022年のアジアカップでも、トム・ホーバス体制となって間もない日本は、イランの経験とフィジカルの前に76-88で敗北を喫している [7, 13]。この時代、日本にとってイラン戦は常に「挑戦」であり、ハッダディをいかに攻略するかが最大のテーマだった。この圧倒的な存在が、両国のライバル関係の原点を形成したのである。

B. 時代の転換点：2023年W杯予選、衝撃の96-61

しかし、2023年2月23日、その力関係を根底から覆す事件が起こる。「FIBAバスケットボールワールドカップ2023 アジア地区予選」で、日本は当時格上だったイランを相手に96-61で歴史的な圧勝を遂げたのだ [14, 15]。この一戦は、日本バスケのパラダイムシフトを国内外に強く印象付けた。

この衝撃的な勝利の立役者となったのが、二人の新戦力だった。代表デビューとなった帰化選手のジョシュ・ホーキンソンは、17得点11リバウンドを記録し、長年の課題だったインサイドに強さをもたらした [15]。そして、同じく代表デビューの当時現役大学生だった金近廉は、6本もの3ポイントシュートを含む20得点と大爆発 [15]。ハッダディを欠いたイランに対し [10]、日本は新たな武器で完全にゲームを支配した。これは、日本が「ハッダディ対策」という呪縛から解き放たれ、自らのスタイルで強豪を打ち破れることを証明した瞬間であり、ライバル関係が対等になったとファンに強く感じさせた試合だった。

C. 「ハッダディ不在」が逆説的に証明したイランの底力

2023年の圧勝は「ハッダディがいなかったから」というアスタリスク（※印）付きで見られる側面があった。しかし、2025年予選の敗戦は、その見方を覆すものだった。ハッダディが代表を引退し、世代交代を進める中でも [12]、イランはチームとしてのフィジカルと戦術的な規律を維持していることを証明したのだ。彼らは絶対的な個に頼らずとも、アジアのトップレベルで戦える組織力を持っている。この事実は、日本対イランの対決が、もはや「特定のスター選手をどう抑えるか」という個人戦術の次元から、「異なるバスケットボール哲学を持つ組織同士のぶつかり合い」という、より高度で本質的な次元へと昇華したことを意味する。ファンは、言い訳の効かない、真のライバル関係の始まりを目の当たりにしたのである。